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『My Mixing Inspiration』vol.1 レコーディングエンジニア:ジェルメン・グレゴリによるミュージックコラム
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2019.09.03
本日からレコーディングエンジニア:ジェルメン・グレゴリによるコラム
『My Mixing Inspiration』がスタート。
好きな曲のMIX、他のMIXエンジニアからどういうインスピレーションを受け日々作業してるのかなどを綴っております。
かっこいい楽曲のMIXのリサーチ、情報の整理と、自分のワークフローの加入の仕方など見所が盛りだくさんの内容となる予定です。
Vol.1の今回は、彼のルーツや仕事での思考を紹介した内容となっております。
1) ROOTS
レコーディング、ミックスエンジニアの仕事をやりたいと思ったきっかけはCDを聴いて、
どうやってこの音が作られたのかの疑問から始まりました。
CDのクレジットを読み、誰がエンジニアなのか、誰がプロデューサーなのかをひたすらCDを聴きながらブックレットを読んだりしてました。
時がたち、今では自分の名前がクレジットに載る側になりましたが、今回は今までとは違い自ら新しいアイディアを生み出すプロセスをプロデューサー、アーティストを支えながら責任をもつ立場になりました。
EQ、コンプ、エフェクター、バランスなどを使って楽曲の方向性、運命に関わるMIX作業を担当しております。
たくさんの仕事をやっている中で、プロセスがスムーズに進むように、テンプレート(ひな形)を作ったり、こういうEQやコンプレッションの方法でやれば、こういう音になる!
だったりの、楽なプリセットを使用するのがエンジニアとしての成長を止める原因だと感じました。
毎回同じ様なプロセスやトリックを使うわけにはいかない。どうすればアーティストとプロデューサーに常にワクワクしてもらえるのか?常に新鮮なアイデアやインスピレーションを生み出すにはどうすればいいのかをこの記事で述べたいと思います。常に新しいサウンドを作るには、トレンド、テクノロジーの進化を知り続けることが必要です。
1.1) HEROES
エンジニアとしてのスタイルや、サウンドは聴いている音楽のジャンルに影響を及ばされる。
自分がこういう音が好きというのは、そのサウンドを手掛けたエンジニアの影響なので、全てのエンジニアはミュージシャンと同様に尊敬しているメンター、ヒーロー的な存在の人がいると思います。
ほとんどがそのヒーロー、自分がこうなりたいという憧れからスタートすると思います。
僕が音楽に興味を持ったきっかけが、UKで90年代に生まれたTRIP-HOPだったので、そのジャンルを支えてくれてたエンジニアが原点です。
1.2) Mark Spike Stent
Massive Attack, Madonnna, Bjork, Franck Ocean, Jessie Ware, Ed Sheeran…
深いローエンドとワイドなミッドレンジ、すごくエモーショナルなサウンドを作るミキサー。彼のミックスを聴いたら、これはSPIKEが作ったって分かるくらい個性的。
音楽を聴いてるというより、音楽に入り込む3D感、演奏者、アーティストが目の前にいるような感覚で一曲が映画のシーンの様に流れる。アレンジのフォロワーアップが凄く好きで自分のワークに強くインスピレーション与えたSpikeさんのワーク。
Massive Attack『Angel』
Jess Glyne『I’ll be There』
その後、ポップスを仕事でやることによってポップスに強いエンジニアに興味をもつようになりました。
1.3) Michael Brauer
Coldplay, Jonh Mayer, Elle King, Bon Jovi,
ダイナミックが強い、凄くエモーショナルで激しいミックスの作法。歌がとにかく大きいが、それでもオケに負けてない。アレンジがさらに活きてすごくドラマチック!
ギターサウンドとドラムのディストーションの使い方は特に好きです。
Elle King『Ex’s & Oh’s』
ColdPlay『Viva la Vida』
1.4) Manny Marroquin
Bruno Mars, SIA, Dj Khaled, Alicia Keys, Jonh Mayer…
とにかく、ものすごくPOPなサウンドで一度聴いたら頭から離れない。
ドラム、リズムセクションは凄く前に出ていて、パンチのあるMIXだけど、SIAなどの作品を聞くとボーカルの深み、空間の使い方などは本当に素晴らしい。
ジャンルの幅がもっとも広いミックスエンジニアだと思います、Hip Hopからファンク、
ロック、なんでもそのジャンルに合わせるのが強いポイント。
Bruno Mars『Locked out Of Heaven』
John Mayer『Still Feel like your man』
2) FOUNDATION
” Good artist borrow, great artist steal”
「良いアーティストはマネするだけだが、偉大なアーティストは盗む」
Pablo Picasso
エンジニアのキャリアの初期の頃は、まわりにいる先輩エンジニアのやり方を真似したり、
自分のヒーローのやり方を真似するのが当然のことだと思います。
そこから、これなら出来る、あれは出来ないなどがはっきり分かると思います。
私の場合は一人にフォーカスするよりも、その三人ヒーロの好きなところをマッシュアップをして、自分のシステムで再現出来ることを選びます。その他にも好きなミックスエンジニアはたくさんいるので、曲を聴いてリサーチをして制作のワークフローを調べます。
やり方としては目で見えるもの、(日本)にいるミキサーに関してはある程度コピーするのが簡単だけど、海外にいる人、会ったことのないエンジニアのMIXの手法をコピーするのがとても難しいです。
CDとして出来上がっているサウンドは当然ですが、海外雑誌のインタービュー、スタジオの写真、ワークショップの動画などあれば常に情報を収集してます。使っている機材、プラグイン、ワークフロー。例えば何故このEQを選んだのか、という疑問から単純にスタートします。EQの構造と歴史を勉強することにより、どういうサウンドのキャラクターが得られるのかがそこから想像出来るようになります。
そして音楽に対するフィロソフィー、考え方などのアイディアも数年かけて集めていきます。
3) PROCESS
・リスニング
その三人の他にも好きなエンジニア、プロデューサーがたくさんいて、国籍やジャンルを問わず好きなアイディア、トリックがあればそれを自分のツールボックスに取り入れることも多いです。
Tony Maseratiというエンジニアのセミナー「Mix with The Masters」の際、学んだことですが、空き時間に楽曲を聴いてる時、この歌のリバーブが好き、このディレイが面白い、そこのディストーションの手法がかっこいいなと感じることがあれば、その場で一度専用のプレイリストに追加することがいいと学びました。
そして落ちついている時に、そのプレイリストを聴き直して、メモをとったり、進行中ではないプロジェクトを開いて自分なりに再現してみたりします。
そしてそのテクニックを現場で使うチャンスがあれば実際に使っていきます。
例えば、
・StaRo feat Sara_J : 歌の語尾にトレモノみたいなエフェクター
・Jessie Ware : 声のギミックがランダムで左右に出ている
・Rosalia : アドリブが常にリバーブやディレイに埋められている
Gregory Germain Playlist
気を付けないといけないことは、聞いてる時にはすでにリリースされてる状態なので、
そのアイディア自体が既に古いということです。
・インターネットの力を借りてのリサーチ
もう一つの方法は、専門的なMEDIAの情報を使うことです。
例えば、Michael Brauerのピアノサウンドは
UREI LA3A > Focuriste ISA 115 > API 550B > Rupert Neve 5014
このような機材のチョイスを使っている記事を読んだ時は、他にも似たようなワークショップの動画を見たりして、それぞれの情報を集めていきます。すると似ているようなパターンが出てきたりするので、『こうやって使っているんだな』と様々な角度から分析することができます。
使っている機材の中で手に届かないものがあったとしても、似ている様なものと差し替えて再現したりもできます。
そうした分析を重ねることで、アーティストやプロデュース側に『Coldplayみたいなピアノで聴かせたい』と言われたとしても、それがMichaelがMIXしたことを知ってるので、同じようなニュアンスを使い、アーティストの作りたいイメージに合わせることが出来ます。
結局エンジニアもアーティストやプロデューサーと同様に、他人のスキルを『盗んで』それをアレンジして、自分のスキルにするというプロセスは全く同じです。
・アクシデントと実験
同じようなエフェクター、サウンドを目指して失敗する時ももちろんあります。
ただその時に、『少しイメージと違うけどこれも面白い!』とプロデューサーやアーティストに気に入られることもあるので、その現場で色々試してアドリブで作り上げたものが新しい手法になることもあります。
そういう時には、必ずその手法を記録して、同じ現場または別の現場で使えるようにしておきます。
こうやって自分の引き出しがどんどん増えることもあります。
最近担当した、Kamikita Kenのアルバムの中の1曲ですが、その場で試したものもあったので、成功と失敗を繰り返しながら生まれた作品です。
上北健『Unkai』
・ミキサーじゃない人のアイディア
ミキシング専門でやっている人をリサーチすることが一番いいですが、今の時代、特にダンスミュージック場合は、エンジニアではない人がミックスするパターンもあります。
プロデューサーがMIXする時もあるし、Tom Mischみたいにアーティスト本人がMIXするパターンもあったり、アレンジャーがMIXすることもあります。
昔は馬鹿でかいアナログコンソールがなければMIX出来なかったけど、今の時代はノートパソコン1台で何でもできます。
テクノロジーが簡単に手に入ることによってMIXに関わる人の幅が広くなってきた。そのためMIXの方法、考え方、ルールの破り方も時代と共に進化しています。
その進化を理解することがとても重要です。
Tom Misch『5 Day Mischon (the making of)』
エンジニアの弱点としては論理的思考が強いことです。
どうしても論理的に物事を考えてしまうので、アーティスト、ミュージシャンと同じように音楽的なアプローチでMIXすることが出来ない人が多いと思います。
そんな中、とある有名韓国人アーティストの制作で、Jam&Luisという伝説的なプロデューサー達がMIXを担当をしたものがあったんですが、彼らが仕上げたMIXを聴いた時に、これは絶対エンジニアが仕上げるMIXではないと感じました。
なぜならバランスの凸凹が多くて、ダイナミックさが変に聴こえることが多い。
それにEQの使い方もとてもドラマチックでオーバーアクションの時が多い。
でもそれはすごく音楽的に聴こえる。とにかく楽しく、感情的に聴こえるから、最終的にリスナーが感動しやすいと思いました。
そういうMIXを目指すには自分の中にいる論理的思考のエンジニアをぶっ壊す必要があると思います。プロデューサー、DJ、ミュージシャンはどうやってMIXをしてるのか。
それを見て勉強することが必要だと思います。
Bananalemonの「Slaysian」をMIXした時、プロデューサーからの参考音源を聴いて、色々リサーチをしたら10代の若手ベッドルームプロデューサーがMIXをしてたということを知りました。
今まで仕上げてた論理的なMIXを全て崩して、マスタリングに怒られるぐらいのこともしたけど、最終的に、Youtubeのコメントなどを見るとそのサウンドとリスナーの絆は他の曲よりも強く、効果的なものでした。
もちろん楽曲とアーティストの演奏がいいからいい曲というのは変わらないけど、もっとコンサバティブなMIXをしていたらリスナーへの刺さり方は絶対違ってたと思います。
そういう細かいディテールを気にすることが、機材をいじることより大事だと思います。
Banana lemon『Slaysian』
・完璧に聴こえる物をあえて完璧じゃないものに仕上げる
テクノロジーはMIXの幅を広くしてくれたり、簡単になったとは思いますが、その代わりになんでも直す癖が音楽人についたと思います。
例えば、ManrayというバンドをMIXしてますが、彼らがデモ音源で仕上げている適当な音源はエンジニアリング的にみると全く駄目で間違っていることをたくさんやっている。
だけどそれをフラットに聴くとかっこいいし、5時間かけて完璧にMIXされた物と比べても適当なデモ音源のほうが面白かった。もちろんバランスと音の良さでいうと僕のMIXの方がよかったけど、全然面白くなかった。
だからこそ論理的に考えている自分を崩さなきゃいけない時もあります。彼らの場合は求めているサウンド、参考音源がガレージバンドの物が多いからその文化を理解することが大事です。
そもそも綺麗に録音されていないし、ちゃんとMIXもされていない。マスタリングも危ういこともあるけど、それがかっこいいというパターンがあるからこそ、自分もあえて不完璧に仕上げることが大切です。
昔のレコーディングもそうですが、今ほど完璧に何でも直せるパソコンのソフトはなかったし、アナログのテープで数回しか録音出来ない環境で名作を作り上げています。
リップノイズだらけで、ダブルブレスもあったり、ピッチも合っていない。
下手したらテープ自体が曲がっていて全体の曲のキーが安定してるわけでもない。
でもそれはそれで1つのサウンドであることに間違いはないんです。
インスタグラムで完璧に撮られた写真を古く加工する様に、完璧でない物のほうが人間の耳には実はちょうどいいのかもしれない。
そのため、MIX中にあえて誤差を無視したり、意図的にエラーを作ることもあります。
ちょっとしたギターやベースのノイズ、リップノイズ、歌っていない時の無音の部分をそのままカットせず聴かせるなど。
たくさんの方法があると思いますが、何でも直せるからといって直す必要はなくて、直さない方がいい時もあります。その時のレコーディングの空気そのものを残すというのも1つのMIXのスタイルです。
The Manray『Madness』
・ライブ演奏
あくまでも音楽はシェアーされるためのものです。
アーティストとプロデューサーは長い時間かけて作った作品を、一刻も早く世界とシェアーしたいと思います。
ただ、日常の中で自分のイヤホンで楽しんでる音楽と野外フェスやライブハウスなどで楽しむ音とは全く違います。
どちらがエモーショナルな要素が多いかというと絶対生の演奏だと思います。生で音楽を聴くと、今まで録音された作品と微妙に違うし、アーティストとジャンルによっては全く違う時もあります。
生で演奏してる時のバランス、楽器の音の出し方を覚えてそれをMIX、あるいはレコーディングの時点で作り上げて、アーティストが目の前で演奏してるような幻を作ることが大切です。
そのためレコーディングの段階から、ドラムのサウンドなどを研究し、いかにその楽器の自然な音はどうなのかを知ること。それに合わせたマイクのアレンジを考えて、レコーディングされた音じゃないような空気を出すのが大切です。
大比良瑞希『いかれたBABY』
●Profile
Gregory Germain
フランス生まれ、パリ育ち。
日本の文化に憧れて10代の頃から様々な日本の音楽に触れる。20歳で来日し、レコーディングエンジニアを目指す為、音楽専門学校へ入学。卒業後は、スタジオグリーンバードでアシスタントとして数多くのメジャーアーティスト、バンドの作品に参加。日本語、英語、フランス語の三ヶ国語を巧みに操り、海外アーティストはじめ、海外プロデューサーとのセッションにも参加している。そして、2011年Digz, inc Groupに入社。ポップス、ダンスミュージックを中心にハウスエンジニアとして活躍。レコーディング&ミックスをメインとしながらも、スタジオ管理、メンテナンス、音響デザインまで幅広く担当している。2015年には世界のトップエンジニアだけが参加できる「Mix With the Masters」に世界各国から選ばれたエンジニアの一人として参加。南フランスにある「La Fabrique」というスタジオにてTony Maseratiからトップクラスのミックステクニックを学ぶ。